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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7412号 判決

原告

千葉正美

被告

三井海上火災保険株式会社

ほか一名

主文

一  被告後藤博幸は原告に対し、金一四五万一六三九円及び内金一二五万一六三九円に対する平成四年八月五日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告の被告三井海上火災保険株式会社に対する請求及び被告後藤博幸に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の、その余を被告後藤博幸の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告三井海上火災保険株式会社は、原告に対し、金七一三万四〇五一円及び内金六八三万四〇五一円に対する平成四年八月五日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  被告後藤博幸は、原告に対し、金一七一万一七六一円及び内金一四一万一七六一円に対する平成四年八月五日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

普通乗用自動車同士の衝突事故によつて、一方の車両が破損し、その所有者が、他方の車両の運転者に対し民法七〇九条に基づき損害賠償を請求し、その加入する損害保険会社に対し、交渉の経緯からして、右車両を修理して、前記所有者に引渡す義務を負つたのに、その義務に違反し、そのまま放置したとして、同法四一五条、七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠による事実は摘示する。)及びそれらに基づく判断

1  本件事故の発生

日時 平成四年八月五日午後九時五分頃

場所 大阪府豊中市蛍池西町三丁目五八三番地大阪空港駐車場内

加害車両 普通乗用自動車(和泉五二ふ七四八六)(被告車両)

右運転者 被告後藤

被害車両 普通乗用自動車(なにわ三四ろ四五五五)(原告車両)

態様 駐車場内の、南北の通行路と東西の通行路が直交した交差点(本件交差点)で、南進していた原告車両と東進していた被告車両が衝突したもの(甲五、原告及び被告後藤各本人尋問の結果)。

2  被告後藤の責任

本件事故は、被告後藤の前方不注視及び駐車場内の一方通行の指示に逆行し、進行し過失に基づくものであるから(甲五、原告及び被告後藤各本人尋問の結果)、被告後藤には、民法七〇九条に基づき、原告に発生した損害を賠償する責任がある。

二  争点

1  被告後藤に対する請求

(一) 損害

(1) 原告主張

修理費一三二万九七三〇円、調査料三万四〇五一円、交通費四万七九八〇円、弁護士費用三〇万円

(2) 被告後藤主張

弁護士費用は知らず、その余は争う。修理費は、一〇五万三六五九円が相当である。

(二) 過失相殺

(1) 被告後藤主張

本件事故現場は、大阪空港駐車場内の事故であり、道路交通法の規制はなく、本件事故時は、午後九時五分の夜間で、被告車両進行方向左側には、駐車車両がほとんど埋まつた状態で、見通しは非常に悪かつたから、いわゆる出合い頭の事故であつて、原告にも前方不注視等の過失があり、四割過失相殺すべきである。

(2) 原告主張

本件事故現場は、大規模な駐車施設で、駐車場内の進行方向等のルールが明示されており、運転手はこのルールを遵守すべき義務があり、駐車区域ごとに、車両の通行路の交差点があつて、そこでは交差車両の有無、動静を十分注意する義務がある。そうであるのに、被告後藤には、東出口の標識だけに注意を向け、逆行と分つていながら、交差道路の存在にまつたく注意を向けないまま、進行するという重大な過失があるから、本件事故は、被告後藤の全面的過失に基づくものである。

2  被告会社に対する請求

(一) 請求の根拠

(1) 原告主張

被告会社は、被告後藤と対物責任保険契約を締結していた損害保険会社であつた。そして、自動車事故による損害については、被害者救済を目的とする損害保険制度が整備されていて、損害保険会社が加害者を代行して事故の処理に当たつており、適切かつ迅速な処理をすべき義務を負つている。

原告が事故翌日、原告車両を関西マリンオート(関西マリン)に搬入したのは被告後藤が被告会社の保険代理店から指示を受けたことによるものであるのに、被告会社の担当者は関西マリンに修理できるかを尋ねたり、見積書がいつできるかという通常の打ち合せも怠り、原告に対しても何らの処理方針や指示を申し出ず、早期修理に関する適切な対応処理がなされていなかつた。

原告車両は、本件事故によつてシヤーシが曲がつて、センターも曲がつており、服部商会によれば、コンピユーターの連動を調べてみる必要があつたので、原告は、その旨、担当者に伝え、服部商会に問い合せてほしい旨伝えたが、担当者は、なんらの連絡もせず、原告に対し、服部商会で修理してもらつてもよい旨の指示もしなかつた。

担当者は原告に対し、センターをひつぱる機械のある中央自動車鈑金工業所(中央鈑金)に、原告車両を搬入する旨提案し、原告はこれを了承し、原告車両は、そこに搬入されたが、中央鈑金に最も重要なコンピユーターについてなんらの取次もせず、原告に対しては、修理に対して、具体的提案はしなかつた。

被告会社は、専門的な立場で、中心となつて、原告車両の修理を進めているのだから、中央鈑金での修理費の負担、修理過程で判明した追加分についての負担及びコンピユーター機能の検査に関することを合意すれば、早期に修理が完了しているのに、被告会社は、原告に対して、具体的な解決への処理を行わず、原告車両は、被告会社が保管のまま、三年近く経過し、車検も切れ、使用することができない状態が続いている。このような経過からは、被告会社は、原告車両を修理して原告に引渡すべき義務があるのに、それを怠つているので、債務不履行責任がある。また、原告車両を放置しているので、不法行為責任がある。

(2) 被告会社主張

争う。

原告車両の修理を依頼するのは、本来、所有者である原告であつて、本件でも、関西マリンに搬入したのは原告であつて、中央鈑金も、原告の依頼に基づいて、被告会社が紹介したのであつて、修理請負契約の当事者は、原告と中央鈑金となる。

また、被告会社担当者は、原告に対し、関西マリン搬入中に見積書を提示し、中央鈑金搬入中にも、右見積額で中央鈑金も合意している旨原告に伝えているのに、原告が、中央鈑金に修理に着手するように指示を与えなかつたため、修理がされなかつたものである。したがつて、修理が遅延したのは、原告の責任によるものである。

(二) 損害

(1) 原告主張

原告車両時価五八〇万円、慰謝料一〇〇万円、調査料三万四〇五一円、弁護士費用三〇万円

(2) 被告会社主張

弁護士費用は知らず、その余は争う。原告車両の破損自体は、時価でなく、被告後藤主張の修理費によるべきであつて、物損の慰謝料は認められない。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様

前記の本件事故の状況、甲五、原告及び被告後藤各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪空港内駐車場で、駐車車両が止めるべき部分が表示されており、そのブロツクの間に、交差する形で、駐車していた車両が通行すべき通路が定められていた。駐車場内の交通の円滑化のため、道路上あるいは標識によつて、進行方向が指示されていた。本件事故時は、夜間だつた。本件事故当時、多くの車両が駐車しており、交差している通路間を進行している車両は、互いが見にくい状態であつた。

被告後藤は、被告車両を西出口附近に駐車していたが、西出口が混雑していたため、東出口に向つたが、その際、標識によつて指示された進行方向に逆行し、西から東に向つていた。被告後藤は、早朝に駐車した際に、交差する通路の存在に気付いていたが、本件事故当時には、その点をまつたく失念し、したがつて、本件交差点に差し掛かつても、減速せず、交差通路からの進行車両の存在について全く注意を払わず、時速二、三〇キロメートルのままで進行していたところ、被告車両と原告車両は出合い頭で衝突した。

原告は、原告車両を運転して、本件交差点を北から南に直進しようとして、本件交差点にさしかかる手前、左側を確認したところ、進行車両がなかつたため、減速・停止せず、そのまま進行しながら、右側を確認しようとした際、被告車両と、前記の態様で衝突した。

二  本件事故後の経緯

1  甲二ないし六、証人林の証言、原告及び被告後藤各本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

原告車両は、本件事故によつて、シヤーシが曲がり、センターも曲がつていた。なお、原告車両は、本件事故の前、他の事故によつて、後部が破損していたが、本件事故と部位が異なるので、どちらの事故による損傷かの区別は容易につく状況であつた。

被告後藤は、本件事故発生直後、その加入する保険会社である被告会社の保険代理店に連絡したところ、保険代理店が被告後藤を通じて、原告に対し、原告車両を原告の選んだ修理業者に搬入するよう指示したので、原告は事故翌日である平成四年八月六日原告車両を関西マリンに搬入した。その際、原告車両は、音を立てながらも自走は可能で、水温計が上がつていた。

原告車両は、BMWであつたところ、関西マリンは、外車の修理は扱つていないということで、原告車両の修理及び見積書の提出はできず、そのことを知つた被告会社の関連企業である三井海上損害調査株式会社の調査員である林は、同月二六日、原告車両の修理見積書を作成し、関西マリンを通じて、原告に提示した。

原告は、右見積書は見積不足があり、コンピユーターについて触れていなかつたと判断し、外車を専門的に取り扱つている服部商会に電話で確かめたところ、服部商会は、原物を見ないと正確なことはいえないとしながら、コンピユーターの連動に狂いが出てくる可能性があるので調べてみる必要があり、その場合には修理代も四〇〇万円程度となる可能性があると回答した。そこで、原告は、林に服部商会に問い合せるよう伝えたので、林が確認したところ、それは電話のみの応対で、正確なものではない旨の返答があつた。林の判断では、この程度の損傷では、コンピユーターには損傷はありえず、そのことは、本件事故直後自走したこと、水温計が上がつていたことに裏付けられていて、林は、コンピユーターに損傷がない旨原告に伝えていた。しかし、原告は納得しなかつた。

原告は、原告車両を服部商会には持込まず、林に修理業者の紹介を依頼したが、同年九月中旬、その紹介を受け、原告車両は、BMWの修理が可能で、センターをひつぱる機械をもつている中央鈑金に修理のため搬入された。

原告は、被告会社と過失割合について交渉していたが、代車の提供を受けるため、過失がないという主張を撒回し、一割とすることで互いに了承した。そこで、被告会社は、原告に対し、同月二八日から代車としてクラウンを提供した。

被告会社と中央鈑金は、コンピユーターの損傷がないことを前提に、右見積書記載の額で仮協定し、原告車両の修理に着手しようとした。一方、原告は、中央鈑金にコンピユーター部分も考慮に入れた見積書を提出するよう依頼したところ、同年一〇月六日、原告が負担する旨中央鈑金に伝えている以前の事故による損害部分の見積書は出てきたものの、本件事故に関する見積書の提出はなかつた。そこで、原告は、原告車両の修理の着工を止め、再三、再四、林ないし被告会社にコンピューターの損傷を前提とした見積書を要求したものの、その提出はされなかつた。なお、コンピユーターが正常か否かはテスターでテストすれば容易に分かるものの、林ないし中央鈑金はそのような検査をせず、修理中、後に判明する損害があつた場合に、被告会社が九割の割合で負担する旨の合意もしなかつた。

原告は、同年一二月二八日、被告会社の代理人の要求によつて、代車を返還した。

中央鈑金は、修理をしないのであれば、原告車両を引き取つて欲しい旨、原告に要求したものの、原告がこれを引き取らないので、やむを得ず、被告会社が引き取り、保管しており、その後、再三再四、原告に引取を要求するものの、原告は修理が完成しないと応じないとしている。

原告は、大阪簡易裁判所に調停を申立てたものの、被告会社は、原告車両の修理先を見つけることができなかつたため、新たな見積書も提出せず、原告側で修理業者を探す方向で話合いがされた。そこで、原告は、有限会社NIA鑑定事務所に依頼し、平成六年六月三〇日、自動車車両損害調査報告書が作成された。しかし、係争中ということもあつて、修理を引き受ける業者が見つからず、右調停は打ち切りとなつて、原告は本件訴訟を提起した。

2  甲三、四、証人林の証言、原告本人尋問の結果によると、原告車両が事故後自走したこと、水温計が動いていたこと、原告は分解しないと損傷の有無は確認できないと考えていたが、実際はテスターで容易かつ安価で確かめることが可能であること、そうであるのに、原告が依頼した自動車車両損害調査報告書である甲四にもコンピユーターの損傷の有無について記載がないこと、原告がコンピユーターの損傷を疑つたのは、服部商会の指摘によるものであるが、それは原告車両を確認した上での判断ではないこと等からして、コンピユーターの損傷はあつたとは認め難い。

三  被告会社に対する請求について(争点2(一))

民法七〇九条は、不法行為における損害の填補は金銭賠償によるとしていることから、法的には、被害者である原告の責任と負担で修理して、相当修理額を被告に請求するのが原則であつて、他に法的根拠がなければ、被告会社が原告に対し、原告車両を修理する義務は負わないと解される。そこで、原告の主張を合理的に解釈すると、〈1〉被告会社が黙示に、原告車両を修理する旨合意したないし〈2〉被告会社が損害保険会社であつて、被害者の損害を迅速に填補する義務があることに原告と被告会社との交渉過程を総合すると、被告会社は、信義則上、原告に対し、原告車両を修理する義務を負うというものと解される。

しかし、前記認定の事実からすると、被告会社には右合意の意思があつたとは認められず、〈1〉を認めるに足る事実はない。

そこで、〈2〉の点を検討する。前記認定の事実からすると、中央鈑金が原告車両の修理をしなかつた直接の原因は、原告が、コンピユーターの損傷を疑つて、被告会社提出の見積書に沿つた形で修理を進めることを躊躇したことによるところ、その疑いが払拭されなかつたことには、被告会社側の担当者である林が、安価でかつ簡便なテスターの使用も検討せず、その説明が原告を納得させるに足らなかつたことも一因であるところ、被害者救済という社会的使命を帯びた損害保険会社側の対応としては最善のものではなかつた疑いも否定しがたい。しかし、この点をもつてしても、民法上の義務を発生させる程の信義則違反とまではいえず、他に、信義則上、被告会社が原告に対し、原告車両を修理する義務を負うとするに足りる事実は認められない。

四  被告後藤に対する請求

1  損害額(争点1(一))

(一) 修理費用 一二〇万三六五九円

甲二、証人林の証言によると、最低一〇五万三六五九円の修理費が必要であること、ナンバープレートは修理にとりかからないと確定できないが、その損傷が認められた場合は一五万円修理費が加算されることが認められ、甲二、原告本人尋問の結果によつて認められる原告車両の前面の損傷の程度からは、ナンバープレートの損傷はあつたと推認されるから、甲二の見積額にその費用一五万円を足した一二〇万三六五九円と認められる。なお、甲四には、修理費が一三二万九七三〇円を超える旨の記載があるが、それは、部品等の高騰によるものであつて、本来修理費用は事故時の評価によるべきだから、採用できない。

(二) 調査費 否定

前記認定の経緯からすると、このような調査費を要したのは修理が遅れたことによるもので、本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。

(三) タクシー代 四万七九八〇円

甲五、原告本人尋問の結果によつて認められる。

(四) 損害合計 一二五万一六三九円

2  過失相殺(争点1(二)) 否定

前記認定の事故態様によると、原告は、見通しの悪い交差点を進行するに当たり、特に、減速徐行ないし停止をして、十分に交差通路の安全を確認しなかつた過失があるものの、被告後藤の、交差点自体気付かず、その安全をまつたく確認しえなかつた過失及び駐車場内の指示に逆行した過失の重大さに比べると軽微なものであつて、原告が、本来車両が進行してくるべき交差通路左側は十分確認したことも併せ考えると、原告の右過失は、それを原因として損害額を減縮しなければ公平に反するものとまでは言えない。

3  弁護士費用 二〇万円

五  結論

よつて、原告の被告後藤に対する請求は、一四五万一六三九円及び内金一二五万一六三九円に対する不法行為の日である平成四年八月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、被告会社に対する請求は理由がない。

(裁判官 水野有子)

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